虚構に生きる

高二中二小二のあの頃の気持ちに戻ろうというコンセプトなのです。

人を尊敬できるのは良いことだ

良いね、と先生は言った。唐突な言葉に聞き取れたのについ聞き返してしまった。

「なんですって?先生」

「いやだってキミは父親を尊敬しているんだろう」

ついさっきまでの話題は家族についての話であった。放課後の教室ですぐに家に帰るのも時間を持て余すので、たまには高校生らしく時間の浪費に勤しんでいたのだ。

はあ、と気のない返事をすると先生はこう続けた。

「きっと君らの年代では父親のことを嫌いだと思っているだろう。臭いだとか、家ではいつでも威張っているだとか、酒に酔ってよく分からないことを言うだとか」

例に挙げられたものは全て違っていた。父親は体臭も普通だし下戸だ。それに恐らく謙虚という部類に入る人間だ。

ただ一つ、父親を嫌っているのは当たっていた。

「それでもキミの口調からは父親を尊敬していることが感じられたよ。キミは認めないだろうけどね」

「そうですか」

この先生はよく分からないことを度々言うのだ。人の家庭環境もよく知らないクセに分かりきったかのような事をのたまう。斜に構えていた僕は、先生の次の言葉にドキリとしてしまった。

「きっとキミは私の言葉に対して煩いだとか、よく知らないクセと思っているだろう。人の心を見透かしたかのような発言は嫌われる。それは相手を子どもだと、格下だと無意識に自覚させるからだ。私が例示したことも、当たっていないだとか、勝手なことをほざいているだとか、そんな感情が全面に出て私が伝えたいことなんて感じ取る暇がないんだ」

それでもね、と続ける。

「人を素直に尊敬できるのはね、とても幸せなことなんだよ」

夕焼けに照らされた先生の横顔が、妙に心に残っている。